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そのルーツは日本古来の衣服、古墳時代の埴輪に象徴されるようなツーピース型から、やがて中国の文化が伝来し、唐の装いに影響を受けました。 その後、中国模倣ではなく日本独自の文化《和様文化》が貴族を中心として誕生し、その女性たちは競って美しい染織品「十二単」を作り出しました。 そして時代は武家社会へと移り変わり、装いもシンプルな形となり、現在の「きもの」の原形である「小袖」が中心となっていきます。 やがて桃山時代から江戸時代にかけての南蛮貿易を切っ掛けに、織物や装飾技術が盛んに発達して「小袖」にも豪華な装飾が施されるようになり、庶民の間にも織物が普及します。 江戸時代には現在の「きもの」の文様のお手本となる「慶長文様」と「寛文文様」が誕生し、文化の展開も貴族や武士からではなく、町人が風俗・流行などの文化を開花させる時代となります。 そして元禄時代に民衆芸術が興こり始めて友禅染・西陣織も町人の服飾として広まりました。 江戸時代が終わり、明治維新の到来によって、和装から洋装へと次第に転じてきましたが、「きもの」は古来から形がほとんど変わることなく、いつの時代も「着る人・見る人」を魅了し続けています。
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